Chapter 1: はじめに〜留学までの経緯

To my parents, brother, grandparents, my friends in Japan, my friends who I met in the U.S.
Thank you all for spending the greatest moments in my life with me.

著者から一言  (2005/08/20)

アメリカ留学をした、というと何かと騒がれたりしますが、それは多分自分のような人間には当てはまらないと思います。日本の大学ではできない事をやるとか、国内の大学では物足りないとかいう理由ならともかく、わざわざアメリカまで来ないと大学に入れなかった人間には威張れるような事ではありません。 勉強せずに学校生活(高校・大学)を過ごしているのなら、勉強嫌いで英語の"E"の字も気にしてなかった自分が散々苦労を重ねて何とか大学 院まで行き、卒業する姿を知って、心を改めて欲しいと願っています。 そして自分が今まで進んできた道を後悔していて、もう一度チャンスがほしい人には留学というオプションを考えて欲しいと思います。 卒業した身なので言えますが、アメリカでの留学生活を甘く見ないことをしっかり心に刻んでおく事。でも人間やればできるといった言葉があるように、苦労すれば何とかなるものです。

工高生活(1994年〜1996年) (2005/08/20)

高校は愛知県立東山工業高等学校。大昔は工業高校卒業生は金の卵、最近になって随分と工業高校に対する見方は変わってきたようですが、在学当時一般の人々から見たら 工業高校は自営業の息子か成績の悪い連中の行くところ、生徒は卒業後に就職するのが当然で、大学へ行くなんてせいぜい夜間が関の山。入学が決まったとき、 大学進学の希望は絶たれたのも同然で自分は不満でした。でも実際入ってみてみるとこれが面白い。実習の時間はガス溶接や、電磁リレーを使った実験、計算電卓の取り扱いの習得、テレビの電子図面の複写をしたり、科も機械・自動制御・電子 工学・電気・設備工業といった数ある中から選べました。電子工学科を専攻した自分は、通信技術やプログラミングなどを学び、高校3年の時の技術発表会ではTNCというアマチュア無線に使うモデムのようなものを作ったりしました。

在学中にはたくさん資格を取りました。危険物取扱乙種四類、アマチュア無線従事者四級、情報処理検定、もちろん英検と国連英検を定期的に受けていたのは留学準備が目的でした。でもさすがは職業高校、先生方に進路を聞かれたときに留学をしたいと言 っても、ピンとこないらしく頑張ってくれといわれる程度でした。 もともと勉強嫌いだったので普通学科(特に数学や英語!)の授業数が少ないのがミソでした。在学中は水泳部、2年、3年と部長を務めていました、節水時にもこっそりと皆で泳いでいたり、栓を間違って明けてしまい、プールを空にしてしまったという問題児でした。

欠席をしなかったのはやはり学校でやる事が好きだったせいだろうか?皆勤賞をもらいました。(景品として用語辞典を受領)

留学を決めたのは? (2004/12/03)

父親がT大を出ているし、母親も短大を出ている上、5歳上の兄も地元のC大学へ進学した事。家族、親戚を含め、みんな大学出なのでやはり自分もと思ったのと、入った高校が就職校だったので日本の大学には入る望みがあまりない。中学卒業したあとの合格発表で友達と集まったときに冗談半分であんな高校行くんだったら留学でもしようかなと言っていたけれども 、 その時に本当にすると思っていたのかどうかはわかりません。 ただ、負けず嫌いな性格なので、中学での同朋が大学受験へ備えている姿を見て何もしないような自分ではありませんでした。

一応工業高校は2年が終わった時点で生徒は就職に向けて資料請求などを始めるものの、自分は留学予定なので面接の練習とかしなくて良かったのは幸いでした。

親と進路についてもめた事もあり、結局アメリカ留学を決めました。


  1. はじめに〜留学までの経緯
  2. アメリカ留学基礎知識、リンク集など
  3. カンザス州・ウィチタ市・ウィチタ州立大学・大学生活について
  4. 留学前の準備
  5. 出国日
  6. 卒業後の就職活動